ドイツ人は日本をどう見ているのか?

 

 私は、国際情勢に関心があるので、外国の新聞を読むことが三度の飯よりも好きである。日本では全く報道されないニュースが載っているだけでなく、ニュースの切り口も日本のマスコミとは全く異なることが多いからである。

* 減った日本報道

ドイツで新聞を読んでいて気がつくことは、日本に関するニュースがとても少ないことだ。1990年代には阪神・淡路大震災や、地下鉄サリン事件などのために、日本に関する詳しい分析記事が比較的多かったが、21世紀になって日本発のニュースが急に減ったことを感じる。総選挙の結果や銀行や生命保険の破綻がたまに伝えられるくらいで、深く掘り下げた記事はめっきり少なくなった。

 これはドイツの日本やアジア諸国への関心がもっぱら経済に集中していたために、1990年代後半にアジアで経済危機が深刻化してからは、興味が急激に薄らいだことと関係があると思う。実際、1980年代の後半から1990年代の前半にかけては、ドイツの経営者やビジネスマンが「日本式経営に学べ」というかけ声のもとに、イスラム教徒がメッカに巡礼するように、日本の官庁や企業を訪れていた。

*経済停滞が原因か

だがバブルが崩壊して10年経っても、銀行の不良債権問題が根本的に解決されないのを見て、ドイツ人たちは「あれだけ優秀だった日本は、なぜ立ち直ることができないのか」とむしろ不思議な目で我々を見ている。ドイツの経営者団体が主催したセミナーに参加した時には、参加者たちから「日本経済はいつ健康な状態を取り戻すのですか」と何度も尋ねられた。

ドイツの新聞の社説を読んでも、「以前は中央官庁の強い指導のもとに成長してきた、日本経済が模範として見られたが、銀行危機からなかなか脱出できない日本を見ると、欧米型経済の方が勝っていることがはっきりした」というトーンの記事が、時々見られる。

一時は、「日本経済の危機が全世界に波及して、世界恐慌の引き金になるのではないか」という、パニック映画の宣伝文のような憶測も新聞に載っていた。そうした社説の裏には、「日本はたいしたことがない」という一種のSchadenfreude(他人が不幸にあうことを喜ぶ気持ち)すら感じられた。この国でも、多くのマスコミは問題点をおおげさに報道するのが好きだ。つまり日本は、ドイツ人の頭の中で、マスコミの悲観的な報道に影響されて、世界経済の優等生から問題児に転落してしまったのである。

* 報道と実態のギャップ

だから、ドイツ人が実際に日本に旅行すると、高級ブランド商品が飛ぶように売れており、都会はドイツの町よりもはるかに活気にあふれているように見えるので、「本当に日本は経済危機に苦しんでいるのか」と首をかしげることになる。つまり多くのドイツ人は、日本の経済停滞が、欧州の経済停滞と違うレベルにあるということを知らないのである。

 いずれにしても「ジャパンマネー」の威光が以前に比べると薄れた今日、ドイツ人の主な関心はイラクや、イスラエル、EU,そして巨大な市場である中国に向いているため、日本についての報道は少なくなっているのだ。 

* 乏しい日本についての知識

マスコミの無関心に影響されて、ドイツの庶民の日本に対する知識もとぼしい。日本人留学生からは時々「ドイツ人が日本についてあまり知らず、関心もないのでがっかりした」という声を聞くが、日独間の関心は、森鴎外の時代から日本がドイツに強い関心を寄せる「一方通行」もしくは「片思い」だったことを思い出してほしい。たとえばドイツ人の間には、日本人の指揮者やピアニストが欧州で活躍しているのを見て、「日本の伝統的な音楽は欧州の音楽と全然違うのに、日本人がどうしてモーツアルトやバッハを理解できるのか」などという質問を平気でする人がいる。読者の皆さんが日本で接するドイツ人は、日本に関心を持っている人がほとんどだと思うので、このようなことを言う人はいないと思うが、平均的なドイツ人の知識は、この程度である。日本からドイツに来る時には、「ドイツ人は日本にあまり関心を持っていない」と意識していた方が、がっかりさせられることが少ないと思う。

* 芸術・文化には深い関心

 こうした中で、唯一日本が輝いているのが、芸術と文化の面だろう。ドイツ人の間で、俳句や水墨画、歌舞伎など日本の芸術に深い関心を持っている人は少なくない。三島由紀夫から谷崎潤一郎まで、文学作品も次々に翻訳されている。

(日本語からドイツ語への直訳ではなく、英語の訳本からドイツ語に翻訳されているのが多いのが残念だが)黒沢明や小津安二郎の映画には、相変わらずファンが多い。こうした欧州の「日本通」には、我々日本人の生半可な知識では通用しないくらい、造詣の深い人もいる。日本から木材を運ばせて和風の家を建て、石庭を造ったドイツ人とか、毎週座禅を行っている親日家もいる。私のアパートの近くには剣道教室があり、ドイツ人の若者が竹刀や防具の入った袋を持って歩いている。

また、これまでドイツ人の日本文化に対する関心は、古典もしくは戦後の巨匠の作品が中心だったが、最近ではようやく村上隆のポップアート、ビートたけしの映画や、漫画雑誌、アニメなど、現代の日本が発信する「文化現象」も注目されつつある。ミュンヘンの地下鉄の中で、ドイツ語に訳された日本の漫画を、ドイツ人の若者が熱心に読んでいるのを見かけるようになったが、今までになかった現象である。

* 相互理解の道は険しい

私がドイツのいわゆる「日本マニア」と話していて物足りなく感じる時があるのは、彼らが目を向けているのは、古き良き日本であって、現代の日本にはあまり関心がないことである。朝の満員電車や都市の過密に象徴されるインフラの脆弱さ、複雑な人間関係、組織と個人の相克、少数者差別など現代の日本が抱える問題については、知らない人が多い。

これまで私が会ったドイツ人の中で、唯一「この人は日本をかなり理解しているな」と思ったのは、フランクフルター・アルゲマイネ紙の東京特派員だったウーヴェ・シュミット氏くらいである。「どうせ外国人には、日本など理解できるわけがない」と投げ出してしまうつもりはないが、違う文化について理解させるという作業は、骨が折れる仕事であるというのが、この国に14年間住んでいる私の率直な感想である。

筆者ホームページ・http://www.tkumagai.de